東京都豊島区池袋・城北法律事務所の弁護士の結城祐(ゆうきたすく)です。
昨日(2018(平成30)年1月31日),東京高裁で,存立危機事態における防衛出動命令に基づき自衛隊員である控訴人に対して下される,職務命令に服従する義務がないことの確認を求める訴えについて,控訴人に対して生じる重大な損害を避けるため他に適当な方法がないため,適法な訴えであるとして,訴えを却下とした東京地裁判決を取り消して,東京地方裁判所に差し戻し,一から審理をすべきとする判決が言い渡されました。
ようやく裁判の入口にたったのであり,一から東京地方裁判所の審理が始められるという段階ですが,憲法学者の多くも訴えていた安保法制の違憲性が審理される可能性も出てきたことからすれば,今回の東京高裁判決は非常に画期的なものといえるのではないでしょうか。
第1 東京高裁判決のポイント
①存立危機事態における防衛出動命令に基づく職務命令への不服従を理由とする懲戒処分を受けることの予防を目的として,存立危機事態における防衛出動命令に服従する義務がないことの確認を求める無名抗告訴訟(行政事件訴訟法に予め規定された類型の訴訟ではない抗告訴訟)であるとしていること
②実質的には,職務命令への不服従を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを,職務命令ひいては防衛出動命令に服従する義務がないことの確認を求める訴えの形式に引き直したものということ
③適法な無名抗告訴訟と認められるためには,職務命令に服従しないことやその不服従を理由とする懲戒処分がされることにより重大な損害を生ずる恐れがあること(重大な損害の要件。行政事件訴訟法37条の4第1項本文,同条2項各参照)及びその損害を避けるため他に適当な方法がないこと(補充性の要件。行政事件訴訟法37条の4第1項ただし書)の要件を満たす必要があること
④重大な損害について
ア 職務命令に服従しない自衛官は,極めて厳しい社会的非難を受けること
イ 職務命令を受けた自衛官が服従を怠るときは,国民や他の自衛官の生命及び身体に高度の危険性を及ぼすおそれがあることは明らかであるから,懲戒処分が免職を含む重大なものになる可能性や刑事罰も重くなること
ウ アやイからすれば,懲戒処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟(行政事件訴訟法に規定された類型の抗告訴訟)を提起し執行停止の決定を受けることなどや,懲戒処分の差し止めを命ずる判決を受けることでも容易に救済できない。
⑤補充性について
④アやイからすれば,事後的に懲戒処分の取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けること等により容易に救済を受けることができない,また懲戒処分の差し止めを命ずる判決を受けることによっても容易に救済をうけることができない。防衛出動命令に基づく職務命令に服従する義務の不存在を事前に確認する方法でなければ自衛隊員は救済を受けられない。
特に,④のように,自衛官が職務命令に服従しなかった場合の当該自衛官の損害を具体的に論じている点で特徴があります。
また,⑤によれば,本件のような義務不存在確認訴訟が,行政事件訴訟法に規定された差止め訴訟よりも早い段階で予防的に用いられる訴訟類型であることを明らかにした点でも特徴があります。そして,補充性の要件を満たす理由についても,重大な損害と同じ事情が重視されています。
第2 君が代訴訟(最判平成24(2012)年2月9日)と本件(東京高判平成30(2018)年1月31日)との比較
なお,本件と同様の義務不存在確認訴訟に関するものとして,最判平成24年2月9日国歌斉唱義務不存在確認等請求事件(以下「最高裁平成24年判例」といいます。)があります。
最高裁平成24年判例は,「無名抗告訴訟は行政処分に関する不服を内容とする訴訟であって,…本件通達及び本件職務命令のいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらない以上,無名抗告訴訟としての被上告人らに対する本件確認の訴えは,将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられるべきものと解するのが相当であり,…本件においては,…法定抗告訴訟である差止めの訴えとの関係で事前救済の争訟方法としての補充性の要件を欠き,…不適法というべき」と判示しました。
本件において,この最高裁平成24年判例と違う判断が出たのは,自衛官に対して極めて厳しい社会的非難を受けること,最高裁判例の事案においては「免職処分以外の懲戒処分がされる蓋然性があると認められる一方で,免職処分がされる蓋然性があるとは認められない」と判示するのに対し,本件においては懲戒処分が免職を含む重大なものになる可能性や刑事罰も重いものが想定されることが重視されたのではないでしょうか。そして,自衛官の職務命令に対する不服従があってから差止めの訴えを提起してからでは,これらの重大な損害を避けることができないことから,予防的に無名抗告訴訟を提起することを適法としたのだと思います。
なお,最高裁平成24年判例の事案においては,上告人らは,仮に無名抗告訴訟としては不適法であるが公法上の当事者訴訟(行政事件訴訟法4条)として適法であるのであれば後者とみるべき旨主張しています。
これに対し,最高裁平成24年判例は「本件通達を踏まえ,毎年度2回以上,都立学校の卒業式や入学式等の式典に際し,多数の教職員に対し本件職務命令が繰り返し発せられており,これに基づく公的義務の存在は,その違反及びその累積が懲戒処分の処分事由及び加重事由との評価を受けることに伴い,勤務成績の評価を通じた昇給等に係る不利益という行政処分以外の処遇上の不利益が発生し拡大する危険の観点からも,都立学校の教職員として在職中の上記上告人らの法的地位に現実の危険性を及ぼすものということができる。」,「本件職務命令に基づく公的義務の不存在の確認を求める本件悪人の訴えは,行政処分以外の処遇上の不利益の予防を目的とする公法上の法律関係に確認の訴えとしては,その目的に即した有効適切な争訟方法であるということができ,確認の利益を肯定することができる」としました。
本件においても,公法上の当事者訴訟として職務命令に基づく公的義務の不存在確認訴訟を提起しても,確認の利益が肯定できるとの判断があったかもしれません。
城北法律事務所 弁護士 結城祐(ゆうきたすく)
東京都豊島区西池袋1-17-10エキニア池袋6階
TEL 03-3988-4866
Mail t.yuuki@jyohoku-law.com