Q&A

2018.02.08更新

問 賃借人が部屋の中で亡くなっているのが発見されました。賃借人は結婚しておらず,相続人は,施設に入所している賃借人のお母様しかいないことが分かりました。賃借人が亡くなってから既に5カ月が経過しています。この場合,賃借人の部屋を勝手に片付けたりしてもいいのでしょうか。


第1 自力救済の禁止


 賃貸人が,賃借人が亡くなったからといって,使用貸借の場合と異なり当然に賃貸借契約関係が終了するわけではないので(民法599条との対比),勝手に賃借人の部屋に立入り処分等をすることは,法の禁じる自力救済行為に当たり,場合によっては,刑法上の住居侵入罪(刑法130条前段),窃盗罪(刑法235条),器物損壊罪(刑法261条。なお親告罪のために告訴が無ければ公訴提起不可。刑法264条)に該当し,罰せられる可能性があります。
 そのため,賃借人たる地位を相続した,相続人(賃借人の母)に対し,賃貸借契約の解除・建物明渡を求めることになります。


 第2 相続人である母に対する請求


1 原則
 死亡した賃借人の相続人は,賃借人の母親のみである。相続人は,被相続人の債務も負うため,賃借人の母に対して,賃貸借契約の解除,建物明渡請求,未払い賃料を請求することが考えられまる。
 他方,母が相続放棄の申述を済ませている場合には,下記のとおり,問題が生じます。


2 母が認知症の場合
 事理弁識能力の程度によって,成年被後見人,被保佐人あるいは被補助人となっている可能性がある。前二者の場合,「不動産その他重要な財産に関する権利の得喪を目的とする行為」に該当し得るので,成年後見人あるいは保佐人の同意が得られない限り,建物明渡を自身の判断で出来ない可能性があります。

3 賃借人母が既に相続放棄をしている場合
(1)賃借人母が相続放棄をしており(あるいはこれから相続放棄をし),賃貸借契約の解除や明渡請求はどうすればいいのでしょうか。
 ア この場合,相続人が不存在になる。この場合にも,「相続人のあることが明らかでない場合」に該当すると考えられているため,相続債権者(利害関係人)として相続財産管理人選任申立て(民法952条1項)をすることが考えられます。

 イ 相続財産管理人は賃貸借の解除をする権能があるので,相続財産管理人に契約解除を求めて建物明渡しをしてもらうことになります。
 もっとも,申立手数料800円と予納する郵便切手代1000円程度のほか,管理費用(官報公告費用や相続財産管理人の報酬)として20万円程度から100万円程度の予納を求められることもある。相続財産から充当される可能性もあれば,そうならない可能性もあります。

(2)なお,相続放棄の申述期間は,「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」とされており(民法915条1項),賃借人の死亡日から既に3か月が経過しており,申述期間を経過し,賃借人母は相続放棄が出来ないように思えます。
 ところが,認知症で施設に入所している場合には「自己のために相続の開始があったことを知った」とはいえないとの判断がなされ,相続放棄の可能性が残されていると見る余地があるのです。

4 相続放棄後の相続人の相続財産管理義務
(1)相続には,相続放棄をした場合,初めから相続人にならなかったものとみなされ(民法939条),相続財産の管理義務(自己の固有財産におけるのと同一の注意をもって,相続財産を管理する義務)は相続の放棄により消滅します(民法918条1項ただし書)。
 しかしながら,相続の放棄をした者が相続財産の管理義務を免れるとすると,その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることが出来るまでの間,相続財産が無管理になり,他の相続人や次順位相続人に損害を与えるおそれがあります。
 そこで,無管理の状態による相続財産の滅失毀損を防ぐため,相続放棄をした者は,その放棄により相続人となった者が相続財産の管理を始めることが出来るまで,相続財産の管理を継続する義務(自己の財産におけるのと同一の注意をもって,その財産の管理を継続する義務)を負うことになります(民法940条)。
 すべての相続人が相続放棄をした場合には,管理を引き継ぐべき相続人がいないことになるが,このような場合は,「相続人のあることが明らかでない時」(民法951条)に該当し,相続財産管理人の選任を得て(民法952条),同人に管理を引き継ぐべきと考えられます。
 相続を放棄した相続人の管理義務は,相続財産管理人が選任され,相続財産の管理を開始したときに,消滅することになります。

(2)本件において,賃借人母しか相続人がおらず,その母が相続放棄をした場合でも,賃借人母は,賃借している部屋について自己の財産におけるのと同一の注意をもって,その財産の管理を継続する義務を負います。
 もっとも,どの範囲の義務を負うかについては,個々の事案ごとに異なることになりますが,性質は一種の事務管理と考えられており,保存,利用,改良行為の範囲に留まるものであると考えられることからすれば,建物明渡しは除外されると思われます。


 第3 方針


1 まずは,賃借人の母宛てに内容証明郵便で賃貸借契約の解除,建物明渡しと未払い賃料の支払いを求めることになります。
2 もっとも,その過程で,賃借人の母が相続放棄をしていることが分かれば,相続財産管理人選任の申立てをせざるを得ないように思います。
3 他方,賃借人の母が相続放棄をしていないにもかかわらず,建物明渡しや未払い賃料の支払いを拒む場合があります。
 その場合には,賃借人の母がまだ相続放棄をする余地が残されている場合で,しかも賃借人の相続財産から相続財産管理人の予納金を支払うのが難しそうな場合には,賃借人の母が相続放棄をする前に,賃借している部屋内部の一切の処分権を委ねる旨の合意書をもらうなどして,原状回復を行う必要性も出てくるように思います。この場合,未払い賃料を取り戻すことはおろか,原状回復費用を取り戻すことも難しいことは覚悟した方がいいかもしれません。
 しかしながら,放置しておくよりも,部屋を賃貸できれば,早々に回収できると思いますので,いち早く対応することをお勧めします。


弁護士 結城 祐(ゆうき たすく)
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投稿者: 弁護士 結城祐